今年の年頭から、しばらく、ブログからはなれていました。
気をとりなして、きょうから再開します。
きょうは移動支援のヘルパーさんと一緒にトレーニングジムで汗をかきました。
障害を持つ意味、それは自己のからだとこころの管理がとても大切になってくるということ。
数年前に脳性麻痺などの二次障害で歩行が困難になり、上肢の筋力も落ち、また、手指
の感覚がしびれで巧緻性を大きく失いました。
実は、そんなことは私には起こらないとたかをくくっておりました。50代半ばにして現
実のものとなってしまいました。何という自己中心であり、高ぶりであり、自己義(自
分は正しいと思う・宣言すること)だたと思いました。
障害を持つと加齢で、健常者より、からだの機能低下が起こしやすいということをあら
ためて自ら身にしみて思いました。
そういう意味で日ごろのトレーニングは欠かすことはできないものです。
自分のからだを管理する上で、トレーニングは、自分のためにも、家族のためにも、隣
人のためにも。何よりも、私を母の胎内で形造っていただいた創造主なる神のために
も。